にっぽん丸見学会  三井 健次(S43E)  2015年4月23日(木) 20:17
元商船三井客船KK機関長の長谷川氏(S44E)の計らいで、鳥羽に入港した「にっぽん丸」見学会が実現した。
鳥羽在住の大先輩松本氏(S26N)もお誘いして総勢15名で訪船しました。
機関室にも案内してもらい、油の匂いと三菱UECのエンジンが懐かしかった。女性陣は何時かは客船で世界旅行がしてみたいと言っていましたが、聞こえない振りをしていたのは私だけだったのでしょうか?
楽しい1日でした。

 S40卒ミニクラス会開催  伊勢の人  2015年4月9日(木) 10:15
4月8日冷たい雨の降る中、東京浜松町に航機合わせて11名が集合し、久しぶりのミニクラス会を催しました。半年前に鳥羽でのクラス会で会っているのに名前を思い出せない困った人もいました。参加者の年齢は約70歳。仕方ないですかねー。
ミニクラス会は毎度のことで話が尽きず、、楽しい3時間でした。
この投稿欄の最新の投稿(3月27日付け)に「前田画伯」の話がありますが、その画伯も参加でした。

みんなに会うのを待ちきれずに早々と来た人たち。
会場の近くに近藤真琴の碑がありますが、探しに行って見つけられた人、見つけられなかった人。見つけられなかったのは選挙のポスターのせいでした。

 東京浜松町にある近藤真琴の碑  伊勢の人  2015年4月9日(木) 9:52
4月8日東京の浜松町でクラス会がありましたが、近くに福沢諭吉・近藤真琴記念碑(福沢近藤両翁学塾跡)があったので見てきました。その碑には以下のように書かれていました。偉大な校祖ですね。
皆さんも機会があったら是非とも見に行ってください。
但し、現在は選挙のポスターの後ろに隠れているので注意しないと見つけられません。

この地は明治元年(1868年)から明治4年(1871年)まで慶応義塾の在った処である。福沢諭吉は築地鉄砲洲に在った家塾をここに移し、新たに塾舎を建て時の年号に因んでこれを慶応義塾と称した。あたかも明治維新の変乱に際し国中また文事を顧みる者のなかった時、この塾に集まった福沢以下の少壮学徒は、自から信ずる文明の主義に據って学問の独立を護り、わが国文運の命脈を一日も絶やすことかなかった。

 明治4年(1871年)慶応義塾跡を譲り受けた攻玉社は築地一橋邸跡から越して来て大正14年(1925年)西大崎に移るまでこの地で学校を経営した。創立者近藤真琴は和魂漢洋才、質実剛健、礼譲を重んじ誠意を旨とするを理想とし、中壮年部では英漢数の三科を主として海軍兵学校入学志願者を養成し、又他の上級学校進学希望者の為に歴史、地理、物理、化学等の諸科をも教授し後之を中学校に改めた。更に明治12年(1879年)創設した陸地測量習練所は後量地黌ー土木科ー工学校及び高等工学校と改称し土木工学の基を開いた。この外幼年部、女子部、商船黌 、専修数学科も或る期間設けられていた。

 前田 良平先輩の個展の件  金田 護(S42N卒)  2015年3月27日(金) 9:58
前田様 
 個展を横浜で開催され、大好評であったとのこと、鴨志田先輩が本ページに投稿されたことで知りました。
おめでとうございます。

当時の学校には学友制度があり、小生は前田先輩の孫の金田です。
芸術的才能が、おじいさんに似て小生にも備わっているかもしれないので、これから磨いてみたいと思いますが、やはり砂利はダイヤモンドにはなれないと思っております。

在学中の寮生活が思い出され、1年生の時に横浜停泊中のひい爺さんが乗船していた船に連れて行ってもらったことを懐かしく思い出しました。

現在、学校裏の鳥羽市池上町で、暮らしておりますので、鳥羽方面にお出かけの折にお目にかかれれば、幸いです。

先輩のご健康とご健勝をお祈りいたします。

金田護


 第4回白菊会の開催  白菊会幹事  2015年3月27日(金) 9:25
2015.3.26(木)桜の蕾も今に開かんかという陽気の中、第4回白菊会(ゴルフ同好会)を津市一志町の名松ゴルフ倶楽部で開催しました。年度末ということもあり、参加者は11名と若干少なくなりましたが、藤田校長先生の退職記念を兼ねた大会と銘打ち日頃の腕前を競い合いました。今回参加者(敬称略)及び成績は以下の通り。優勝者は小木曽順務(S44E)、準優勝川原伸次(S44N)以下成績順で藤田俊彦(校長)市場安次郎(S49N)藤原賢(S44E)溝井昇(S42E)森田竹治(S44E)島田愛水(S42N)江崎隆夫(S44E)中村昭(S39E)柴原美満(S42N)。最後に有志一同から藤田校長先生に対し退職記念品(幻のパター)を贈り大会は終了しました。次回参加ご希望の方は白菊会幹事川原までご連絡ください。

   水越 昌子  2015年3月23日(月) 15:24
早速にご返信ありがとうございました。思いがけず曾祖父の名もあり、嬉しく思いました。

同窓会事務局に連絡先をメールでお知らせしますので、プリントお送り頂ければ幸甚に存じます。 宜しくお願い致します。

   同窓会事務局  2015年3月22日(日) 21:39
お尋ねの件、早速「百年史」を調べてみました。
西原多喜人さん、見つけました。明治14年8月総督かつ教員として鳥羽に赴任したとあります。添付参照ください。
また、南川永助さんの名前も見つけました。「卒業生の活躍」記事の中に記載されています。日露戦争の旅順港で活躍されたとありました。
ここでは関係記事の一部をアップしました。
関係9頁をプリントして送付させていただきますので、同窓会事務局に連絡先をメールしてください。

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